ハイドン 交響曲第45番<告別> アダム・フィッシャー
元旦に録画したニューイヤーコンサート観ました。(そしてしっかりと寝ました<爆>)コンサートに関しては来年再び登場するプレートルに期待するとしてコンサートで一つおもしろかったのがオケのメンバーが段々減っていくというパフォーマンス的な曲、これが印象に残っている方も多いのではないかと思います。この曲「ハイドン 交響曲第45番<告別>」の最終楽章でありまして先のパフォーマンスはハイドンが仕掛けた物となります。
今回はそんな「ハイドン 交響曲第45番<告別>」を聴いてみます。指揮はアダム・フィッシャー、演奏はオーストリア・ハンガリー・ハイドン管弦楽団。交響曲全集からの一曲となります。
聴いてみると軽快単純=ハイドンというイメージを打ち壊すかのようなしっかりとした内容となっており思わず聴き込んでしまいました。
まず「第1楽章」、短調による緊迫感ただよう切迫した旋律で開始され一気に曲に引き込まれます。そのちょっと変わったソナタ形式の構造もしっかりとしており重厚な充実した曲となっております。
「第2楽章」のアダージョはスローな曲調ながら優しく明るくからやや暗い深い曲調へと変化していきなかなかの聴き応え。
「第3楽章」はメヌエットで軽快なリズムながら旋律が不安げな雰囲気を漂わせており独特の響き。
「第4楽章」はやや速めのテンポで開始され段々リズムも激しいものに変わっていきフィナーレを迎える。のですが途中から長調に変わり曲調も緩徐楽章のような感じに、そして例のオケメンバーが減るパフォーマンスとなり静かに曲を終えます。
アダム・フィッシャーの指揮も推進力があり流れのよい聴き心地のよい演奏となっておりみずみずしくハイドンの中期交響曲にふさわしいと思われます。
ハイドンのアイデアも秀逸ですが、第一楽章に代表されるしっかりとした構造と印象的な曲調、それにちょっとしたスパイスも加味されており非常に楽しめる曲でありました。サブタイトルの<告別>も巧いタイトルですね。
ハイドンのこの曲初めて聴く人(自分の親戚で試したのですが)に「アマデウスの曲だよ」とウソを教えて聴いてもらうと「やっぱりモーツァルトって天才だよね」なんて言っていました。真実を告げると「そうかハイドンかどうりで退屈かも」と手のひら返し(おいおい)。一般的にハイドンのイメージは軽いようで、そういう意味ではハイドンって実力を過小評価されているのが残念。よく聴かれる後期ではなく中期の交響曲ももっと評価されてほしい名曲がたくさんあるのですが...。
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