
マーラー 交響曲第6番『悲劇的』 ハイティンク&シカゴ響
ハイティンクはオランダ出身のベテラン指揮者。現在はシカゴ交響楽団のシェフをやっているようで、そのコンビで演奏した「マーラー 交響曲第6番<悲劇的>」が今回聴いた演奏(2007年10月ライブ)。ハイティンク自身マーラーはよく取り上げており(自分の薄い記憶によれば)過去にコンセルトヘボウとベルリン・フィルで2回録音はしていると思います。第2楽章・第3楽章は通常の演奏。
演奏は「非常にゆったりとした演奏」。元々温暖な演奏をするハイティンクですが年齢を重ねるごとにテンポも遅くなってきているようです。その遅いテンポによって全体があまりダレてこないあたりさすが老練の技といった感じ。オケの鳴らせ方が非常に丁寧、すみずみまで気配りが行き届いているようで聴いていると音の流れに身を委ねているような気分になります。
ハイティンクはこの曲を美しく音楽的に明晰に演奏しており、特に第三楽章などは曲調にもフィットしているように感じました。純音楽的で快適な「マーラー 交響曲第6番」。録音も良好だと思います(SACDは未聴)。
しかし「ふっ」と疑問が。
マーラーの交響曲に快適さは必要なのだろうか?
この演奏言い換えれば刺激感がないマーラー。
「第二楽章」のリズム感やアクセント、「第四楽章」のポイントである「ハンマー」の威力、マーラー自身がつけた「悲劇的」というタイトルの意味もハイティンクという静かな海の波に流されてしまっているような。これはこれでありと思う部分もあるのは事実だが「マーラー」というキャラクターが見えてこないのも事実。
聴き手が何を求めるかもあるけれど、自分などは「マーラー 悲劇的」に退廃感、重苦しい暗さなどは必要と思う方なのでハイティンクの心地よい浄化されるような演奏に終始もの足りなさがつきまとっていました。(それでも心地よさに満足している部分もあるのですから難しい)
ハイティンクは「交響曲第6番」を演奏した、自分は「交響曲第6番<悲劇的>」が聴きたかったといったところでしょうか。
シカゴ交響楽団の音色がショルティ時代とは違う事を実感。あの鋭い機能性重視の音もおもしろかったのですが、今は技量の高い丸みをおびた中庸のオケと言った感じです。
しかし「悲劇的」いろいろな演奏がありますね。
今回のハイティンクの演奏は爆演系を好まずにゆっくり聴きたい方にオススメです。
来週の木曜日も別の<悲劇的>を紹介する予定です。


私は小澤やハイティンクなどでマーラーの室内楽的な繊細さを楽しみ、刺激が欲しくなってくるとバーンスタインを聴いたりしております。
あまり楽曲に対する拘りがないのでマーラーのコアなファンでないかもしれません。
(ブルックナーも)
コメントありがとうございます。
マーラーの演奏に関しては自分のまわりでも結構趣味が両極端に分かれています。(ようはバーンスタイン、ショルティなどの爆演系と小澤、ハイティンク、ブーレーズなどの純音楽系)
個人的な感覚としてニョッキ殿のようにホルン奏者として活躍されている方が演奏を聴く場合、音楽的に質の高い演奏を望む場合があるのは当然ではないかと思います。(聴いているポイントも違いそうで興味深いところです)
それにしてもマーラーの交響曲で第6、7、8番あたりは近年興味深い演奏が次々発売されておりファンとしてはうれしい限りです。