J.S.バッハ ヴァイオリン&ヴォイス ヒラリー・ハーン(vn)、シェーファー(S)、ゲルネ(Br)、他
バッハの音楽、特に声楽曲においては粛々、厳格といった静かなシーンで耳を澄まして聴くといった印象があります。
ましてやドライブ中に気軽にかける類の曲ではないというのが普通。しかし先日の長距離ドライブ中に聴いた一枚が、そんな常識を覆すような演奏であったから驚きでありました。
その演奏とはヒラリー・ハーンによる「J.S.バッハ ヴァイオリン&ヴォイス」というアルバム。
ヴァイオリン・オブリガードつきの声楽によるバッハ。バッハが作曲した日頃余り注目されないジャンルの曲集といえましょうか。選曲はカンタータからの曲が中心で、それにマタイとロ短調ミサ曲からの数曲から構成されています。
演奏するのはヒラリー・ハーンの他、ソプラノのシェーファー、バリトンのゲルネ、さらにリープライヒ指揮のミュンヘン室内O.。(2008・2009年録音)
聴いてみると一聴瞭然なのですが、この演奏の主役は間違いなくヒラリー・ハーン。抜群のスピード感に満ちたしなやかで切れ味のよいヴァイオリンの音色が非常に鮮やかに奏でられます。といっても演奏がハーンが前面にでしゃばるものではなく、声楽の引き立てにまわりながらの存在感というあたり流石です。
気持ちよく楽しく聴けるという、およそバッハの声楽曲に似つかわしくないと思われそうな演奏。ただヴァイオリン・オブリガードという特殊な形式が、荘厳な宗教曲というよりはより身近な視点で作曲された感じがしますので、現代の聞き手にはほどよい印象があるのではないでしょうか。
選曲ではマタイとロ短調ミサからの数曲が非常に印象的。特に最後のソプラノによるマタイは新鮮な響きで、違和感も感じながら満足感もありました。
ハーンが快活に気分よくどんどん演奏していくので、歌い手がけなげに追いかけるという印象があり、せっかちに聴こえるというマイナス面も聞かれる演奏ではありますが、ハーンのヴァイオリンの音色に痺れている人々にはむしろ満足度が増す結果につながるかも。
高い技巧と魅惑的な音色に彩られたハーンの演奏。うがった見方をするとどの曲を演奏しても聴き手が感じる印象が同じような気がします。確かに「過去のバッハ・アルバムとどう違う?」と聞かれると、曲の違い以外の根っこが同一に思われる部分があります。
「音がいい、演奏が巧い」という印象は聴き手を満足させるに充分なものでありましょうが、より一歩踏み込んだといいましょうか、もう一山越えるといいましょうか、もう少し違った感動に満ちたハーンの演奏を聴いてみたいと思うのは自分だけでしょうか。
個人的に思うのは、そういう点でハーンに足りないのは「個人的な努力」ではなく、一歩先へ導いてくれるパートナーの存在ではないかと。
ムターとカラヤン、ピリシュとデュメイ、昨年聴いたツィメルマンとクレーメルなどなど、理解して引っ張りあげてくれたり、自分の能力を最大限に引き出してくれたり、お互いに刺激しあってより高みを目指したりと、パートナーの存在はやはり大きい。
そんな存在にハーンが出会える事を一人のファンとして期待しております。
ちょっと苦情を申してしまいましたが、今回の演奏企画力の斬新さを含めて満足のゆく演奏でありました。

